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フローマインド11    チャレンジする生き方

2021.05.01

チャレンジする生き方 (辻秀一メソッドより)

 

■             ライフスキルは人生そのもの

人生、ノンフローになったり、フローになったりするものです。ノンフローになったときだけライフスキルを持ち出すのではなくて、日ごろからライフスキルを意識している人たちは、フローの度合いがやっぱり高い気がします。

良いことがあった、悪いことがあったなども、それ自体、自分たちがつけた意味付けであって、世の中は常にいろんなことが、ただ起こり続けるだけです。「何が本番で、いつが練習」なんていうのも、はっきり言って人生の場合はないのです。いつも練習、いつも本番。それこそ人生だと思ってください。

 

ノンフローになったときだけ本番だとか、外側で大事だという意味のついてる「社長プレゼン」や、大きなお金のかかった「営業プレゼン」のときが本番だとか、インターハイの決勝やオリンピックの予選、これが大事な本番だっていうのも、今日もそういう出来事や事実があって、それに我々はさまざまな意味をつけてるだけなのです。外側に起こる条件によってライフスキルというのは使うものではないと思っています。

常に自分がライフスキルをちょっと考えて、ちょっとそこから得た感覚、体感、心の変化、それを大事にして、そしてそれを強化するために、ちょっと人としゃべっていく。感じたことをしゃべっていく。それの繰り返し。

まさにそれこそが「生きる」ってことなんじゃないかなって思うんです。ライフスキルの話を聞いて、「ノンフローのときに何を使うんだ。どのときはどのライフスキルを使えばいいんですか」とか言う人がいますけど、そんなことじゃないんです。ライフスキルは、「日々磨いてることがライフなスキル」なんです。

 

■             人間は思い込みで生きている

我々は、この認知、意味づけがある限り、いつも「とらわれ」というのが起こります。とらわれっていうのは、自分の認知がつくり出した「居心地のいい潜在意識の中に形成された思い込み」でしょうか。すごくライトな思い込みもありますし、深いところにあって、自分ではなかなか気づきにくい思い込みもあります。

いずれにせよ、このとらわれ、思い込みは、我々の思考や行動の方向性をものすごい力で制御します。影響を与えます。なぜなら我々は、思考も行動も、自分のつくり出したとらわれ、思い込み──心理学の言葉を使うと、「セルフコンセプト」に従ってると、どこかで居心地がいいという法則があるからです。

 

深い思い込み、とらわれ、セルフコンセプトは、まさに性格的な感じでしょうかね。なんかいつも自分は「こういうふうに考えてしまうんだ」というのは、小さいころからの生育歴の中で根幹に、深いところに、それのほうが居心地がいいとさせているとらわれ、セルフコンセプトが形成されてるんです。そういう意味では、環境ですとか、親の影響とか、ものすごく我々は受けているわけです。ただ、何のせいなんていうこともなくて、小さなことでとら われができて、それが一生にわたって我々の思い込みになってしまうようなケースもあります。

例えば、すごく愛情深いお母さんに育てられてる子どもがお母さんと一緒に買い物に行きました。お母さんがその 子どものために、子どもの大好きなものがあったんですけれども、それをちょっと忘れたので買いに行こうと思って、

「○○ちゃん、ちょっとここで待っててね」って言いました。その待ってるときに「寂しい」と子どもがちょっと感じると、「お母さんは私を置いていった人なんだ」とか、下手すると、「私は孤独なんだ」っていう勝手な意味づけを人間の認知の脳はそこで形成しかねません。

そんな小さなことで我々はそう思ってしまって、どこかで「自分は孤独なんだ」とか、「寂しいんだ」とか、「お母さんにどこかで愛されてないんだ」なんてことすら、とらわれていってしまうのが人間だっていうことをわかってください。まあ、そんなことを気にしてたら、人生、生きていけないわけですが……。つまり、人生っていうのは、こういう小さなことで簡単にとらわれてくるということです。

 

誰かに「何か言われたことでとらわれる」ということは、しょっちゅうあります。

「ミスするな」と言って、「ミスしないように」ってとらわれて、ミスしてしまうとか。ゴルフで、「ここは絶対に右の池には入れないようにしましょう」と言われて、ちょっととらわれることもあります。「最近、元気なさそうだな」って言われて、「俺、元気ないのかな」ってとらわれて、よけい元気がなくなるというのは、もう人間社会の中で、この認知の脳がある限りは起こるわけです。

私のこのライフスキルトレーニング方法は、「とらわれない自分をつくる」ことに挑む無謀なことではありません。人間はとらわれます。このとらわれを少しずつ解放できる自分を「つくり出す脳のもう一つの機能を持ってみませんか」ということです。

それがライフスキルで、今日はとらわれを少しでも、起こさないではなく、軽減していく。そして今回とらわれを解放していく一つのライフスキルとしてご紹介したいのが、「チャレンジ思考」ですね。チャレンジすると考えるようにするっていうようなことです。

 

■             とらわれると、居心地がよい?

何度も申し上げますが、人間は自分の思い込みやとらわれで、居心地のいい世界の中に入って、「変われない」「気づけない」っていうことが起こります。組織で言えば、「イノベート」しないっていうことでしょうか。変革できないことですよね。

なぜとらわれてしまうと、変革できないのか。居心地がよくなるからです。なぜ気づけないのか。まさにノンフローで視野が狭くなるからですよ。

とらわれてしまうと、スポーツでは負けますね。「今まで勝ったことがないけど、頑張ろう」なんていうのも、まさにとらわれで、「今まで勝ったことがないこと」と「今日勝つ」ことは、何の関係性もないのに我々はとらわれをつくってしまいます。でも、それが人間です。

 

皆さんご存じの『SLAM  DUNK』の漫画に出る主人公の桜木花道は、これが少ないわけですよね。「山王(やまおう)は、俺が倒す」みたいなことを言ってます。

後半、二十何点離れてる中でもとらわれはなく、「こうだ」って突き進んで、実際に結果をつくり出しました。もうまさにあれは、とらわれてない代表です。山王工業(さんのうこうぎょう)とすら読まず、「やまおう」と呼んでること自体が、もうとらわれてない感覚があります。作者の井上(雄彦)先生は、それを皆さんに伝えたかったんじゃないかなって思います。

僕らはとらわれの中で生きて、そのとらわれの中に居心地のよさを感じて、そのとらわれによって、自分の思考や行動といったパフォーマンスが規定されていく。この人間の仕組みを、井上先生は学者ではありませんが、知って、漫画を通して、花道を通して伝えたかったような気がします。

私の『心に余裕がある人』っていう書籍、ワニブックスから出てる本がありますけれども、それは宮本武蔵のことを書いています。宮本武蔵もまさに、この「とらわれこそが最大の敵である」って言っている、生涯無敗の剣豪ですね。 いろんなことに人はとらわれる。結果にとらわれる。自分の持っている長所にとらわれる。相手の動きにとらわれる。環境にとらわれる。

人間は朝から晩までとらわれを起こしながら、自分の機能をそれによって落としてるんだと。なので、毎日自分を 磨いていくことで、こういうさまざまなライフスキルを磨いていくことで、このとらわれを解放するということにエネルギーを注いでいる自分をつくる。そうしなければ、「無敗、負けない自分にはなれないぞ」というのが、宮本武蔵の大きな、五輪(書)の中に書いてある教えです。すなわち、余裕がなくなるわけです、さまざまなことにとらわれて。

 

■             とらわれの正体は認知の脳

もともとつくり出している「とらわれメーカー」「ノンフローメーカー」は、自分自身の認知の脳なわけですから、当然人間は、認知し続けるわけなので、とらわれ続けるわけです。経験とともに認知は育まれていくわけですから、 経験すればするほど、さまざまな意味づけを持って、経験すればするほど、我々はとらわれが多く増えてくるっていうことになるわけです。なので、子どもよりも大人、大人よりもさらに年配になればなるほど、とらわれというのを僕らはつくり出すようになります。自分の居心地のいい世界です。

子どものころは非常に自由ですけども、だんだんだんだん我々は、何か目に見えぬものに拘束されています。実は我々の心は、自由なのにもかかわらず、なぜか自由ではなく拘束されていく。それは、この認知の脳によるとらわれ が潜在意識の中に心としてつくられて、それに拘束されていくという感覚を僕は持っています。もちろん脳とか心ですから、見えないので示せませんけども、感覚的にはそんなふうに思ってます。

 

皆さん、「ドラえもんになりたい」って、もう言えないですよね。「なわけねえだろう」とか、「あれはロボットだ」とか、「あれは架空だ」とかいうような脳が、どうしてもその瞬間に働いてしまいます。ドラえもんになれるかどうかをディベートしたいのではなくて、そういうふうに自分が感じたり思ったことを自由に言えなくなってきてませんかと。さまざまな外的なものにとらわれて、理屈や、理由や、エビデンス、「これまでは」とか、「常識的に」とか、そういうものにとらわれてしまう。もちろんそれは社会で生きていくうえで極めて重要なことで、社会は認知と常識で動いてますから。

だけれども、自分自身を見つめたときに、それではものすごく、とらわれてるがために自分の可能性が遮断されてしまっている。すなわち、可能性が見えなくなっている。変化がそこで止まってしまっている。自分の可能性が縮小 されてしまっている。気づくべきものに気づけなくなっている。もっと広い意味で言うと、「運すら逃していることになるんじゃないでしょうか」と思っています。

 

■             とらわれやすい人の口癖

私たちは年とともにとらわれていきますので、常にこのライフスキルを磨いて年を取っていかないと、私たちは変化しにくくなります。年を取ってからのほうが、環境の変化に弱くなってくるのは、まさにそういうことです。

とらわれの高い人の口癖は、「普通は」です。自分の認知で過去の経験によりつくり出されていて、自分の普通という領域、自分の普通という居心地、自分の普通というおりの中で生きていくわけです。そのほうが居心地がいいからです。年とともに常識や普通が増えます。

 

これを「悪い」と言っているのではありません。このライフスキルトレーニングは、認知と比較してお話をすることが多いので、「認知に比べて」っていう話をついしてしまいます。しかし、比べられると「認知が悪いんだ」とか、「認知がダメなんだ」とか、「認知がすべてのせいなんだ」っていうふうに聞こえたり、認知してしまっているダメ人間のように聞こえてしまうケースがあります。私が言っているのは全くそういうことではなく、すべての人は、この認知っていう世界の中で生きているとお伝えしています。これを否定するのではなくて、それとは別の脳の使い方、全く新しい使い方もあるということ、人類的には、進化学的には、「古い脳の機能をあらためてちゃんと使いませんか」というお話をしてるのです。

それが人生を豊かにするために大事な脳の機能だから、こうやって声を大にして同じことを繰り返しているわけです。

年を取ると我々はとらわれてきます。すべての人は年を取ってくるので、要注意です。まず、そう自覚しましょう。この後、チャレンジの話をしていきますが、このことをよくわかっていないといけません。

 

■             揺らぎととらわれの男女差

もう一つ、脳の機能として、男の人のほうが、生物学的に認知の機能が高いというか、認知の機能が好きというか、認知の機能に頼るので、どうしても男性のほうが認知的です。

脳の解剖上の問題もあります。「脳梁」という部分が太いとか、なんかいろいろなことをおっしゃっている学者さんもいますが、私は詳しいことは脳科学者ではないのでわかりません。けれども、そういう生物学的な差が男女にあって、男の人のほうが認知の脳が出てきやすく、「とらわれ」やすいですね。

「頑固じじぃ」っていう言葉はあるけど、「頑固ばばぁ」っていう言葉はないですよね。男の人のほうが、どうしても意味づけが好きですし、とらわれやすい。同じのが好きになってきます。

 

女性は、もう生物学的に変化の動物です。常に毎月、身体的に、生物学的に生理があって変化してます。一生の中でも、排卵する時期と、そうじゃない時期があったりして、変化していきます。女性のほうが確実に変化に強いように生物学的にできています。それは、種の保存のために子どもを育てなければいけないので、女の人のほうが強くできてるわけです。なので、女性のほうが男性よりフロー度合いが高いケースがあります。この「とらわれ」という部分から見るとです。女性は女性で別に、「揺らぎ」が多いという特徴もありますけれども、一般的には女性は「とらわれ」にくい。フロー度合いが高い。なので、比較的長生きしやすいですね。

 

男性は、どの国でも早く死にます。女性よりも平均寿命で、下手したら10年ぐらい差があります。それはそういう脳の機能に基づく心の状態の差なんじゃないかなと、私は私のフィールドで考えられると思っています。まあこれを科学的に証明するのは、なかなか難しいことですが。

70歳を過ぎると、奥さんが死ぬと、大体男性は1~2年で死んでしまいます。変化に弱いからです。女性は、70歳過ぎてだんなさんが死んでも、平気で10年とか20年、生き続けます。まさにこれは変化に対応する柔軟性、とらわれ度合いの違いだというふうに私は思っています。

 

まあ寿命っていうのは、マルチファクトリアル、さまざまな影響因子がありますので、この影響だけで証明することは基本、難しいんですけれども、私は個人的にそのように思っています。私も男ですし、年を取ってきますから、もう常に気をつけてないと、とらわれが起こって、自分の可能性、仕事の可能性、人生の可能性、私の周りにいる人の可能性を、私のとらわれによって遮断してしまうというリスクを負ってる。そんなことをいつも自覚しながら、少しでも、「揺らがず・とらわれず」、フローを自分自身でつくり出す生き方 を日々しようと思っています。

 

■             認知がチャレンジの邪魔をする

今日は、そのとらわれやすい人間、年とともに、男性のほうは特にですけれども、とらわれやすい自分から少しでも解放していくための脳の習慣をご紹介したいなというふうに思いますが、これが「チャレンジ」です。

チャレンジっていうと、「思い切って何かをやる」みたいな感じですけれども、皆さんが一般的に考えがちなチャレンジって、すごく結果とリンクしています。認知の世界の中でつくられたチャレンジの感覚がすごくします。思い切って、これをやってみる。でも大抵の人は、そのこと自体よりも、それによってもたらされた結果のことを気にしてしまってるんですね。「チャレンジしたけど、いいことなかった」とか、「チャレンジしたけど、うまくいかなかった」っていう会話がすごくあります。「ミスするんだったら、チャレンジするなよ」みたいな会話がまさに起こっているわけです。

 

ここで言うチャレンジでは、自分自身が過去の経験に基づいてつくられた自分自身の居心地のいいおりを、ブレークスルーする感じです。放っておくと、我々は勝手に自分でおりをつくっていきまして、その中に入ってしまうので、そこをブレークスルーする感じです。

そこから出ようと思うと、認知の脳が働いて、ノンフローなNの感情をつくり出して、そのおりの周りにお堀をつくります。「Nの感情堀」と呼んでますけども、Nの感情に満ちあふれたお堀をつくります。そこから出れないようにするんです。

いつもと違う自分がやれるようなことを何かやろうと思うと、「恥ずかしい」とか、「面倒くさい」とか、「嫌だな」とか、「不安だな」とかいう感情、Nの感情が起こって、それをさせず、今までどおりのおりの中に我々を閉じ込めていきます。

 

■             チャレンジする思考を持つ

私が言うチャレンジは、この認知がとりあえずつくるNの感情に打ち勝つ勇気を持って、「いつもの自分ではしないこと」「いつもの自分では考えないこと」を考えたり、したりする。それはなんなんだろうかとまず考えること。これを「チャレンジする思考」「チャレンジすることを考える思考」などと呼んでいます。

必ずしも実践にばかり移す必要はないです。キーワードは、「いつもの自分ならしない考え・行動」です。「勇気を持って、あえて考えたり、やってみたりするものはいったいなんなんだろうと考えること」を、ライフスキルと呼んでいます。なので、日々、このチャレンジ思考ができるはずです。

そういうチャレンジ思考をいつも考えているだけで、自分の枠組みがブレークスルーされます。実際にそれを実践したり、思考してみれば、もっとよくなります。much betterです。

自分がつくり出してる周りにあるお堀は、自分がつくり出した妄想のお堀だということに気づくはずです。過去の経験から勝手につくり出して、「それをしてしまったら心配だ」とか、「それをしたら不安だ」とか、「それは恥ずかしい」だとか、「それは面倒くさい」というのは、自分が勝手につくり出しているだけで、「そんなお堀などない」ということに気つけば、いつもおりは解放されてます。気づけば人はおりに入りますが、「おりの周りはいつも解放されてる感じ」。それが、私が述べてることです。

 

■             パフォーマンスを上げるこだわり

気づくと居心地のいい自分のおりの中に入る典型的な例をちょっとご紹介します。

「遅刻する人はいつも遅刻するという話」ですね。

遅刻してはいけないことを知らないから遅刻するんじゃないです。多くの人はみんな、知識を与えれば人は行動変容をすると思ってますが、すべての人は自分のこのセルフコンセプト、とらわれの中で生きてるので、知識を得ただけで人が行動や思考を変更することはほぼ難しいです。

行動変容。私はスポーツドクターで、ライフスタイルマネジメント、ライフスタイルを変えていく、健康のための栄養や、休養や、運動を保った生活習慣をマネジメントしていくというアドバイスの仕事もしてますが、とらわれていると、なかなか行動変容が起こりにくいです。ダイエットの人のカウンセリングやコンサルティングもしますけれども、ダイエットもまさにとらわれで、自分の居心地のいい行動をしていきます。タバコもそうかもしれません。嗜好品も、もちろんそうです。スポーツ選手がいい習慣をつくり出していくのも、まさにとらわれから解放されていかないと、つい気づけば、同じような行動、同じような思考をしてしまいます。

 

その一番典型的なわかりやすい例でいつも言うのが、この遅刻の例ですね。「早く行くほうが居心地のいい」というセルフコンセプト。どうやってつくられたかなどわかりません。性格とかに関係ないです。小さな過去の体験に基づき、人はセルフコンセプト、とらわれを持っていくわけですから。

もちろん、いいとらわれもあり、これを「信念」と呼んでます。もしくは「こだわり」と呼んでます。しかし、信念やこだわりも永久不滅ではないので、いつも柔軟に「とらわれず」の生き方をしてないと、その信念とこだわりすらも、またとらわれという方向に行きます。

「こだわり」と「とらわれ」は何が違うかというと、こだわりは「パフォーマンスが上がる」、とらわれは「パフォー マンスが規定されて下がる」ということを、大きな区別の指標にしています。その違いを、「ああでもない、こうでもない」ってつついてくる人がいますが、アバウトですね。心の問題なので、そう簡単に明確にはできません。

 

■             セルフイメージの安定がフロー

心の状態を氷山で表しているんですけど、水面から見える部分がセルフイメージといって、そのときのエネルギーの状態ですね。ここは、とても揺らぎやすい感じです。だから、ここが大きく安定してる感じが、まずフローの一個の条件ですね。これを一言で言うと、「揺らがず」って言ってるわけです。

また、水面下にどでかい、硬い部分があるのが、「氷山」ですよね。そこが、心理学ではセルフコンセプトっていう部分で、当然すごく深いところにあります。なのでこのセルフコンセプトのカチカチな部分から、セルフイメージの水面ギリギリにあって、見えたり、自分でも気づけたり、見え隠れしたりして、割と氷でも柔らかめのところもあ るというのが私の心の状態を氷山で表している感じです。セルフコンセプトっていうのは、自分自身が、「気づく・気づかず」に関係なくつくり出されてる固定概念みたいな感じですね。

思い込み。まあ、僕はそれをとらわれと呼んでいて、この氷山の部分が、当然誰でもあるんです。しかし、水面下 にはあるんだけれども、カチカチじゃなくて、比較的柔軟で、出入り可能な感じになっているのが、「とらわれず」 な感じなんですね。潜在意識の中に無意識に形成されている固定概念みたいなものでしょうかね。

すごく自分で気づけているものもあるし、すごく個別カウンセリングをしながら、その人の中に深くに形成されているとらわれ、セルフコンセプトに気づいてもらうケースもあるし、「ああ、この間のあれで、とらわれちゃったんだわ」って、すぐ気づけるケースもあったりします。そんなのがセルフコンセプトでしょうか。

 

■             人は都合のいいとらわれをする

例えばですよ、本当にちょっとしたことでとらわれて、そうなると、それのとおりに見ようとするんです。例えば  お父さんについて書いてある本を見て、20項目あるうちの1個で当てはまって、「ああ、俺、いいお父さんの感じするな」って、もうそこで勝手に自分はとらわれるわけですよ、その本を読んでね。何項目以上が「いいお父さん」なんて別にないですけど、自分が都合のいいように読むわけです。そうすると、自分は「いいお父さんだな」っていうとらわれが、もうそこで形成されてる。すると年に1回、子どもをディズニーランドに連れて行ってるのだけはちゃんと覚えていて、年に50回、「忙しくて、今日、ごめんね」って、子どもをブッチしてるのは忘れちゃうっていうような話です。自分の都合のいいようなことだけを覚えているわけですよね、基本的には。「あのときディズニーランドに行ったし、あのときみんなご飯に行ったし、あのとき声かけたし」って、「声かけてないとき、おまえ、どれぐらいあるんだと思ってるんだ」っていうんだけど、全部忘れるようになっているんです。

人間は自分に都合のいいとらわれを、本当に小さなことから、ものすごく何回も何回もすり込まれてできちゃってるケースもあります。どのようにできるかは、もうこの認知っていう脳が外界の出来事の意味づけをする。意味づけの強度度合いは誰にもわからないので、自分が意味づけしていることによって、その潜在意識の中にぶち込まれていく感じですかね。

 

■             あの人がいつも遅刻する理由

ちょっと余談が長くなりましたが、遅刻する人は、遅刻するほうが居心地がいい。「早く行くほうが居心地がいい」コンセプトがつくられてる人は、いつも早め、早めに行く。ただそれだけの違いなんですね。どっちがいい、悪いはありません。

もちろん認知的には、遅刻は悪い。人を待たせるのは悪い。これは、あります。しかし、その人の行動のパターンを規定してるのは何かというと、その人につくられた「とらわれ」なんですね。なので、このとらわれのおりをブレークスルーしていかないと、この人はいくら言っても同じことをしてしまうんです。なぜなら居心地がいいからです。仮に約束の時間に早く着いても、その人は居心地が悪い。なので、近くのコンビニに行って、雑誌や新聞でも読んで、また遅れるわけです。そして「悪い、悪い」って言ってるんですけど、別に悪いって思ってない。自分の居心地のいい世界の中で生きるっていうことを、我々はしてしまうからです。

 

早く行くほうが居心地のいい人と、ギリギリが居心地のいい人が、2人でホテルに泊まってたとします。研修で、「明日の朝は7時にロビー集合だよ」って言うと、早めのほうが居心地のいい人は、もう6時には荷物を畳んで部屋を出る可能性があります。「俺、ちょっと早めに行ってるから」といって、エレベーターホールに行き、下のロビーに行って、チェックアウト済ませて、新聞でも読んで、そこで待っています。別に居心地悪くないんですね。    でも、ギリギリが居心地のいいというセルフコンセプトのある人は、おそらくその6時には、まだ寝ています。なぜなら、もうその時間に出かけるのは居心地が悪いからです。

 

■             とらわれには気づきにくい

その居心地のいい・悪いは、「正しい・間違い」ではなく、その人の中に過去の経験によって、認知によってつくり出されている枠組み、お堀、そんなものだと思ってください。その人の性格がどうのこうの、血液型がどうのこうのではないんです。その人によってつくられてしまっているわけです。

この人は6時にまだ寝ていて、6時59分ぐらいに部屋を出ます。もうこれで「間に合ったつもり」です。この人は。朝のホテルって、エレベーターがなかなか来なかったりして、そこでエレベーターホールで待たされます。4分ぐらい待たされて、3分ぐらい遅れます。

でも、この人はもう間に合ったつもりなので、全然悪いなって思ってませんし、居心地はちっとも悪くないですね。仮に早め、早めに行く人が3分遅れると、ものすごい気分が、その人は悪いです。

 

何が言いたいかというと、常にこういう自分では気づかぬセルフコンセプト、とらわれに支配されながら、そのおりの中で居心地よく、人間は生きてしまうというリスクがありますよ。あなたもその例外ではありません。私もその 例外ではないですよっていうことです。

そこで、チャレンジです。いつもの自分、「いつもならこう考えちゃうな」「いつもならギリギリだよな」といったら、あえてちょっと早く行ってみるんです。

そのことで、どんなことが起こったかとか、どういう結果が生まれたかという結果や出来事、行動などを論じてはいけません。そうなると認知の会話になってしまうからです。

 

いつも講演会は後ろの端のほうに座るほうが居心地がよければ、あえて前の真ん中に座ってみましょう。それで今日は何か得したとかいう話じゃないんです。「何かが得する」とか、「何かがよかった」とか、「何かができた」っていうことのためにこのチャレンジ思考をするのではなく、自分が勝手につくり出してる枠組みをブレークスルーする。自分が勝手につくり出してるお堀に気づく。

それは、実は自分が勝手につくり出してるお堀なので、チャンレンジしてみたら、そんなに深いお堀ではなかったという体験をつくること。Nの感情には打ち勝たなきゃいけないので、勇気が必要です。実際にやってみたり考えてみると、自分が妄想のようにつくり出してるNの感情ほどはなかったなって大抵の人は思います。

 

■             一生懸命はチャレンジではない

私のワークショップの3日目は、個人とチームのチャレンジっていうのがあります。みんな「えー」って最初言ってますけども、実際にやってみると、「そうでもなかったな」とか。チームチャレンジとかですと、誰か一人が「いや、 俺、そんなの平気」っていう人がいたら、もうチームチャレンジにはならないので、みんなで「えー、それ、こういうNの感情あるよね」「私、このNがあるよね」って、みんながNの感情が何か起こるようなチャレンジする出来事をみんなで考えて、それをやってもらうなんていうことをやってます。ワークショップが終わると、「一番思い出に残ったことは何ですか」とか言うと、「みんなで何かチャレンジしたことです。あれは気持ちがよかった」とすら言ったりすることがあります。

 

あとは、いつもの自分の枠組みを越えて何かやろうと考えているときに、意外に気分がいいです。確かにNの感情 も生じますが、「いつもの自分ならこうだけど、こうしてみたらどうかな」と考えてるときって、Nの感情もチラホ ラ見えつつも、「ああ、恥ずかしいな」とか、「ほんとにそれ、やるのか」ってなりますが、でも意外に、チャレンジ の話をしてると、皆さん気分がよくなってきます。なので、一般的に言う、結果を求められるチャレンジとは違って、このライフスキルのチャレンジを習慣化してみてください。

 

私がトレーニングしてる会社ですと、「全従業員、毎日1日1個チャレンジすることを考える。考えるだけでいいです」というのをやっていたり、水曜日は実際にそれを行動に移してみるDayにするとかいうようなことをやってる会社もあります。

アメリカのスポーツ心理学の本とかを読みますと、いくつかチャレンジのことが書いてあります。チャレンジすることのルールがいくつかあります。人に迷惑をかけてはいけないとか、ルールを破ることではないとか。

ただ一生懸命やることはチャレンジではありません。これも勘違いしている人がいます。「一生懸命やってチャレンジした」って言うんですけど、チャレンジには勇気が必要ですから、一生懸命やるのに勇気は要らないですよね。もしくは、「人生で一回も一生懸命やったことがないけど、今日は一生懸命やってみるというのが怖いので、そのNに打ち勝って、今日は一生懸命やるというチャレンジをしてみます」は、いいです。

基本、「一生懸命やる」というのは、勇気が要らないのでチャレンジとは言いません。「ルールを破る」もダメです。「無謀なことをする」というのも違います。「結果を問う」というのも違います。いつもの自分の枠組みとは違って、いつもの自分とは違って、思考や行動をしようとすること。「勇気に打ち勝って小さなNに打ち勝って」っていうのがチャレンジです。

 

■             いつもの自分と違うことをする

アメリカの本に、こんなことが書かれています。「デパートに行って、店員さんに、『何かタダでくれるものはないですか』と言ってみましょう」みたいなことが書いてあります。『何かタダでくれるものはないですか』は、ルール違反じゃないです。迷惑も、そんなにはかけていません。実際にもらえるかどうかが大事なのではなく、普段そういうことをしないあなたが、「してみる」っていうのが大事です。

 

さあ、考えてみてください。いつもの自分じゃないこと。何ができますか。何が考えられますか。どんな行動、どんな思考が、いつもの自分とは違ったもので、あなたが今、チャレンジで考えてみればできますか。まず、それを考 えるところから始めましょう。

1日1回、「いつもの自分ではない」っていう大きなテーマで、チャレンジできることを考える練習をしてください。ライフスキルを、あくまでまず考える。脳の機能なので、考えるっていうことを習慣にしてみてください。

 

■             1日5分間だけでも考えよう

脳が暇な時間はたくさんあります。朝の電車の中でもいいですし、駅を降りて会社に着くまででもいいですし、ちょっとご飯を食べているときの5分でもいいので、「考える」という練習をしてください。

かつ、週に1回でも、それを実際にやってみるっていうことが重要で、当然ライフスキルですから、皆さん忘れないでください。それを実際に考えたり、行動してみたときに、どんな体感が起こったかっていうのをシェアしなきゃダメです。

 

ただチャレンジしてるだけだとすると、その体感がご褒美を忘れてきてしまいます。「ああ、自分がつくり出した お堀に入って居心地がいいよりも、ちょっと自分がつくり出したこの妄想のお堀を越えて、ブレークスルーしてるほうが気分がいいな」っていう体感が、あなたのとらわれを減らし、あなたの可能性を広げ、あなたの変化をつくり、あなたの気づきを増やし、あなたの運命を変えることにすらなるかもしれません。

運命というものがあるかどうかはわかりませんが、あなた自身の心の枠組みが離れ、あなたの心がフローになるこ  とにより、あなたの機能が上がり、そして、あなたのパフォーマンスが上がれば、時間の質が変わってくる。それが「運命を変える」ことにすらつながるのではないかと思っています。


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