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フローマインド6    揺らがず・とらわれずの生き方

2021.04.28

揺らがず・とらわれずな生き方 (辻秀一メソッドより)

 

■             ノンフローでは病気になりやすい

「揺らがず・とらわれず」という心の状態の価値や、その可能性、「揺らがず・とらわれず」、フローという心の状態そのものを考えてみたいと思います。

人間にはいろいろな心の状態があります。揺らいだり、とらわれたりすることを、外部の環境や出来事や他人に対して起こします。その脳の張本人は、「認知による意味づけ」なのですが、我々人間は、このように揺らいでとらわれるような構造を持った生き物なのです。

 

実際に揺らいでとらわれて何が悪いのか。人間らしいと言えば人間らしいわけですが、はっきり言うと、揺らいでとらわれている状態では、人間というものの機能がうまく発揮されません。携帯電話で言えば、電池が1個あるかないかの感じだったり、アンテナで言えば圏外か1本な感じ。これを揺らいでとらわれている感じというふうに、イメージしてみてください。その持っている機能がうまくアウトプットされないわけです。

人間は、さまざまな機能を持っています。例えば、健康的に生きるために、いろいろな機能も持っている。そういう機能もおそらく揺らいでとらわれて「ノンフロー」だという状態の中では、その機能が下がってしまう。例えば病気になりやすいとか、ストレスがあって動脈硬化が進むとか、免疫機能が悪くて感染症になりやすいとか、癌にもな りやすいということも起こるかもしれません。

もちろん、すべてが定量化されているわけではなく、エビデンスがあるわけではないですが、おそらくそういうことが今後証明されていくことは間違いないと思います。

 

■             生き残るための知恵を身につける

放っておけば揺らいでとらわれてしまう中で、少しでも「揺らがず・とらわれず」にしていくためには、どうしたらいいんだろうかということが大きなテーマです。

揺らいでとらわれている状態よりも、「揺らがず・とらわれず」になると機能がよくなるということを言いましたが、我々は自分の機能をより高めるために、いろいろなスキルを学習によって手に入れています。演奏のスキル、スポーツのスキル、ビジネスのスキル、さまざまなスキルを我々は後天的に学習、練習することによって、身につけてきました。

 

自分の機能を高めるスキルが、揺らいでとらわれている状態ではうまくアウトプットしないと思ってください。いろいろな機能をスキルとして身につけているにもかかわらず、携帯電話で言えば「圏外」の状態だと、何もうまく機能として発揮されない。そんな状態で生き  てしまっているのが、揺らいでとらわれている状態です。

残念ながら今の世の中は、放っておくと人間が未熟なのか、社会がそうさせるのか、『環境』、『経験』、『他人』がそうさせるのかはわかりませんけれども、もし携帯電話のアンテナに例えるならば、圏外や一本にされてしまうことが起こるようになっているわけです。

このフロー状態を保つためのライフスキルを磨いたほうがいい。そのためには「ノンフローでいるよりフローでいる」、「揺らいでとらわれているより揺らがずとらわれず」、「機嫌が悪いより機嫌がいい」と思うことが、このライフスキルという脳を磨けている人と、磨けていない人の差のようにも思います。

 

■             ライフスキルは「古い脳」

太古の昔、マンモスと暮らしていたころ、人間は揺らいでとらわれていては死んでいたのです。生命維持のためにも少しでも人は、「揺らがず・とらわれず」なライフスキル、脳の機能を有する必要があったんです。なので、ライフスキルというのは「古い脳」というふうにも言われたりもしています。

当時は別に名刺を出したところでマンモスは許してくれませんので、死んでしまうわけですね。どんなことがあってもやはり「揺らがず・とらわれず」という心を保てている人が生き残ってきた。ライフスキルはもう生命維持とパーフェクトイコールだったのです。

 

そこで認知の脳が進化の過程で、道具をつくり、火をつくり、さまざまな物をつくって生命維持を担保できるような社会を、どんどんつくろうとしてきたわけです。今、私たちは朝起きて「今日、どうやって生きるか」なんて考えていなくても、生きられてしまうわけです。いわゆる生命としては生きられてしまうわけです。

この生命維持を担保するために、認知の脳が進んでくれた。それはとてもありがたいことだったんですが、それと同時に、我々は認知の脳で支配される世の中をつくり、このライフスキル、「揺らがず・とらわれず」な心の状態を生み出す脳は、逆に退化してしまったというふうに考えます。

認知の脳は、別の言葉で言うと「新しい脳」とも言われています。原始時代からの話の中で、こういう脳の進化の過程があるなと、私は思っているのですが、宮本武蔵が真剣勝負をしていた日本の時代、揺らいでとらわれては人は死ぬというふうに、『五輪書』の中に書いています。この時代は文明文化、それなりのものを人間はつくってきたんですが、剣という、生きるか死ぬかを我々に問う道具をつくってしまい、そこで生きるという時代があったわけです。

 

勝ち続けるということは、要するに彼にとっては「生き残る」ということです。その生き残り続けるために大事なことをしたためたのが『五輪書』で、『五輪書』は、大きく分けると一つは戦略のことが書いてあります。いわゆる認知による戦略、ストラテジーが書いてあります。でも、大半は、心のことが書いてあります。「揺らがず・とらわれず」という心の状態を、いかにしてつくり続けるか。つくるように己を磨くかというふうに、彼は言っています。

 

宮本武蔵は大前提として、やはり「人は揺らいでとらわれるものだ。そして、そういう時に自分のパフォーマンスは出にくいものだ。だからこそ、磨き続けていないといけないのだ」ということを、声を大にして言っているんですね。磨き続けろと。彼はそれを「鍛錬」とも言っていますね。『五輪書』の中に、「鍛錬」の「鍛」は同じことを千日間続けること、要するに、3年はかかるということですね。「鍛錬」の「鍛」、鍛える。「練」は練る。彼は「毎日やること」と書いたんですね。それだけ人は、放っておくと揺らいでとらわれるようにできるから、「日々磨いていないといけませんよね」ということの大きなメッセージだと思います。

そういう視点で宮本武蔵のメッセージを聞くと、『五輪書』の中に書いてある、この磨いていくこと、一生続いて鍛錬していくこと、だからライフなスキルなんだと府に落ちました。一生続けて磨いていくライフなスキルなんです。この自分の心の状態を、揺らいでとらわれているほうから、「揺らがず・とらわれず」なフローな状態を保っていくための脳の機能、広く言えば「生き方」を学習していくことは、一生かかるまさに「人間力」だと思います。だからこのライフスキル、揺らがずとらわれずをつくっていく必要が人間にはあるのだと考えます。

 

■             一生続けていくための原動力

では、その原動力は何なんでしょう。どうしてあなたは「揺らがず・とらわれず」のほうがいいんだろうか。私はどのようにとらえているかというと、ただ生きることは今はもうできてしまう時代なので、非常に抽象的かもしれませんけれども、「本当に生きる」ということを目指すことだと、とらえています。だから私の専門のスポーツ心理学は、宮本武蔵の剣の時代を超えて、今は「生きる、死ぬ」はないけれども、本当に自分の力を発揮するにはどうしたらいいか、見つめることがすごく多いし、自分の揺らぎやとらわれが、すぐパフォーマンスとして現れ、負けるということでスポーツは露呈しやすいです。

人生で考えてみると、ビジネスマンもよく「勝つ」「負ける」「勝負する」とは言っていますけれども、私としては「本当に生きている自分こそが勝っているんだ」と思うのです。同じ時間を生きていても、自分の機能を最大にアウトプットしてこの時間を過ごしていること。それが本当に生きていることで、ただ時間を過ごしている1日24時間、1分が60秒、1時間が60分という、このクロノスタイムとしてただ時間が流れているところから、これから本当に生きる、自分が充実し、自分が持っているものを出し切りながら生きていくということで、このライフスキルは非常に価値あるものだと思います。

ただ、こういうとちょっとあまりに大きな概念になってしまうので、自分事としてちょっと考えてみてほしいのは、「機嫌が悪いより機嫌がいいほうがご飯が美味しく食べられそうだ」とか、「揺らいでとらわれているより『揺らが ず・とらわれず』のほうが集中しそうで、アイデア出そうだ」とか、そんなことから始めてもいいと思います。

 

■「なりたい」から「ありたい」へ

大事なことは、常に自分が「こうありたい」ことと、フローが結びついていると、日々ライフスキルが磨いていける自分になっていくのではないかと思います。あなたはどんなことを、WANTなのかWILLなのかわかりませんが、しれを「たい」と思っていますか。私は、いろいろな「たい」のレベルがあると思っていて、一つは結果の「たい」です。

ただ、この結果の「たい」は非常にマルチファクトリアルなので、自分がフローになったからといって、必ずしもこの結果の「たい」が来るとは限らない。自分がフローになり、最高のパフォーマンスを出してベストを出したとしても、もっと速く泳いでしまう人がいたり、もっと速く走る人がいたら金メダルは取れないので、結果の「たい」は人間にとって非常に魅力的なものだけれども、これだけでは人は自分を磨き続けることは難しいです。

宮本武蔵が「天下無双」という結果の「たい」から始めて、最初、めった切りしていたんですけれども、そのうち沢庵和尚に会ったり、さまざまな出会いがあり、本物の天下無双と言われる剣士たち、剣豪たちに出会って気づいていったことは、結果の「たい」だけで人はエネルギーを出し続けられない。あり方の「たい」が重要なのだと気づきます。

つまり、「天下無双」という結果のために磨くのではなく、「天下無双」にふさわしい自分でありたいから、今日も自分を磨くのである、という領域に達したと思うんです。皆さんのあり方の「たい」はなんでしょうか。 私なんかは極めてシンプルです。「いつでもどこでも元気でありたいな」と、ただ単純に思っています。そのほうが、何か自分らしい感じもあるのです。

 

■             小さなあり方の「たい」を始める

ただ私の元気を損ねることは、毎日たくさん起こります。でも「いつでもどこでも元気でありたいな」と、ただ単純に思っているし、これは誰にも邪魔できないし、元気の定量化などないので、「まあ、自分は元気でありたいな、いつでもどこでも」と思います。少しでもフローでいたほうが元気であれるように私はイメージされているので、ライフスキルを常に磨くという構造が、私の中には育まれているように思います。

 

宮本武蔵の時代からもっと遡る原始時代は、「生きたい」という結果の「たい」を、24時間365日どこでも持っていないと死んでいる時代だったんですが、私たちはそれがないので、認知の世界で結果の「たい」だけで、人を動かそうとしていましたが、やはりこのライフスキルを磨くエネルギーの源泉、根幹になるところは、皆さん自身がどうありたいのかという、あり方の「たい」を見つめることなんだなというふうに、さまざまなライフスキルのトレーニングを私のワークショップや、産業医をやっている場であったり、スポーツ選手であったり、音楽家だったり、このトレーニングを継続的にやっている人とやっていない人の違いは、そこにあるんだなということを、昨今、特に感じています。

 

ワークショップで問いかけても、「さあ?」とか、「ボーナスもらいたい」とか「お金を儲けたい」とか「休みたい」 とかいうのがあります。まずは、そういう小さな結果の「たい」でもいいです。自分の小さな結果の「たい」が、「フローとどう結びつくんだろうか」というところから始めるのでも、実はいいと思います。

そのうち、それを原動力にして、フロー化が起こってくると、「揺らがず・とらわれず」の小さな体験が起こって、まさにとらわれが減ってくるので、だんだんあり方の「たい」を見つけられるようにもなります。だから、あり方の「たい」で答えが出ることではなく、あり方の「たい」を考えること自体がライフスキルの一つでもある。今なくてもいいんです。いつでもどこでもと言われちゃうと大きいけど、「この1時間ぐらいは笑顔でありたいな」とか、「家族仲よく私は生きていたいな」とか、何かそんな小さなあり方の「たい」から始めてもいいんじゃないでしょうか。なくてもいいし、そう考えるところから始める。答えが大事なのではないなと思います。

 

■             知識を得ただけで満足しない

宮本武蔵のように「磨き続ける」ということが大事です。では、どうやって磨くのかということなのですが、『自分の心は自分で決める』をはじめ、自分の心の状態をフローにしていける思考とか表情とか態度と言葉など、そういうライフスキルの一つひとつを自分のものにして忘れないようにする。これを私は「知識のレベル」と呼んでいます。そして、得た知識を実践する。とにかく意識するということが、「実践」です。

とかく人は、知識を得ればそれで満足しがちです。知らないより知ったら、人はものすごく満足する動物です。この差が大きいからです。知ればやると思っていますけど、「知る」と「やる」はまったく違います。

知っていることをやるのと、「ただ知っている」は、えらい違いです。ほとんどの人が本を読んでも何も変わらな いのは、ただ知ったからだけです。

 

人はまた忘れていきます。なので、知ったことをとにかく実践しましょう。

このライフスキルは、実践さえすれば、心に何かしらの変化を催す脳の機能なので、その心に起こった変化をしっかり見つめて、前回やった自分の感情に気づく力が、実はこのライフスキルを磨いていく過程の中でも大事なんですね。そういうライフスキルを使ったほうが、自分の中にフローな感情が芽生えるとか、ノンフローな感情がやや減るなとか、F(フロー)な感情が増えたなとか、そういう心に変化を起こす。この変化を感じられるようにすることも大事になっています。

 

この心に起こった体感、感情の変化を脳の中にすり込んでいくために、人に伝える、人としゃべる、分かち合う、シェアする。こういうことがこのライフスキルを磨くということに重要な因子になってきます。「知識」「実践」「シェア」と私は呼んでいます。

この3つをかけ算して、ライフスキルは生まれてきます。ライフスキルは、イメージすれば体積みたいなものでしょうか。X×Y×Zという感じです。どれかが0になってしまうと、体積はなくなります。忘れれば、もうライフスキルはないです。やらなくなれば、ライフスキルはないです。体感を人と分かち合っていかないと、脳の中から消えていっ てしまいます。そんな自分を磨いていくことをして、少しでも「揺らがず・とらわれず」な自分をつくっていきましょ う。自分のあり方を実現するためにも──というふうに言いたいと思います。

 

■             セルフイメージを安定させる

もう少しフローをわかっていただくために、揺らいでとらわれているのはどんな感じなのかというのを、ちょっと学問的に説明してみたいと思います。私は心の状態を、よく氷山で表しています。

氷山というと、海の上に浮かんで見えている部分の氷と、その海の下に大きな、冷たく固くなった氷の部分があります。私はこの見える上の部分のことを、「セルフイメージ」というふうに呼んでいます。その瞬間、その瞬間の「心のエネルギー」のことを指します。セルフイメージは、大きくなったり小さくなったりします。

よくありがちな自己イメージとは、ちょっと違って考えてください。その瞬間、その瞬間のエネルギーの大きさです。例えば、「何かやったな」という感じはセルフイメージが大きい感じだし、ガッカリ、セルフイメージは小さい感じです。イライラ、セルフイメージが小さい感じです。おだやか、セルフイメージが大きい感じです。何かそんなイメージでとらえていただければいいなと思います。

私が「揺らがず」というふうに表現しているのは、このセルフイメージが大きく安定している感じです。氷山の上が大きく出て、すなわちエネルギーが高く、その氷山の動き具合が割と安定している感じですね。そんな感じを「揺らがず」という表現で私はとらえています。

セルフイメージが大きく安定している、すなわち、心のエネルギーが大きく安定しているような感じでしょうか。 あくまで心の状態を示す方法は、言葉か何かそれを模写した図で表現するしかないので、本当にそうかどうかわかり ませんが、私はそのようにイメージしてとらえています。

もう一つ、冷たい海の中にある大きな部分ですね。ここが固定概念、思い込み。すなわち心理学の言葉を使うと「セルフコンセプト」と呼んでいます。海の下にある冷たく固くなっている部分を、セルフコンセプトと呼びます。ここの部分が通常、皆さん、固いわけですね。

 

■             セルフコンセプトを柔らかくする

このセルフコンセプトに支配されて、我々は行動や思考をしていく。そしてそこで起こったさまざまなことに、また認知が働いて揺らぎをつくる。その揺らぎがまたセルフコンセプトを固くしていく。

セルフコンセプトをつくり出す認知の意味づけを、さらに強化していくというような堂々巡りが起こるんですけれども、このセルフコンセプト、氷山の下の部分がいかに柔軟で質のいいものがあるかというのが、私の中のフローの「とらわれず」な感じです。

 

人間は、自分の過去の経験に伴い、認知が意味づけしていくことによって、とらわれを形成していきます。例えば、 これはよく出てくる事例ですね。

雨が降っていると、僕らは「イヤだなあ」と感じるのですが、その後ろ側に、雨を「イヤだ」ととらわれるような意味づけをつくりだしています。それは過去の経験の中で、雨だと濡れてイヤな思いがして揺らいだりしているから、そのとらわれがつくられていくわけです。

ところが、生まれた日に雨が降っていても、皆さんは何もイヤだとか言わないですよね。

 

でもだんだん年とともに、そのとらわれが形成されて、雨に対する認知が生まれて、そして自分の心の中にとらわれを生み出していきます。「今まで勝ったことがないけど頑張ろう」とかいうのも、とらわれの一つです。過去の経験で、今まで勝ったことがないと、今、勝つのは難しいというそのとらわれを強化して、心の状態にとらわれを生んでいます。

 

もちろん、脳と心を切り離して考えることは難しいので、どこからが脳でどこからがとらわれの心の状態なのかを  証明することは難しいですが、認知の意味づけが強化されて、何か心の中にとらわれの状態が起こるように、私はイメージしています。

心理学の学問ではないので、あくまで社会にどうこの心のあり方を生かしていくのかという、実践心理学なので自分なりのイメージを持っていただければいいなと思います。

 

■             表層のとらわれ、深層のとらわれ

冷たい海の中にあるこのセルフコンセプトは、例えば「表層性のとらわれ」から、「深層性のとらわれ」まであります。海の深くにあるとらわれは、なかなか自分では気づきにくい。生育歴の中で自然に培われて、それが自分では当たり前だと思って培われてしまっているとらわれなどもたくさんあります。自分ですら気づけない感じでしょうかね。

でも、だんだんだんだんライフスキルを磨いて、この氷の部分が緩くなってくると、柔軟性が高まってくると、自然に不必要なとらわれが抜けてきたり、自分のとらわれに気づけるようにもなってきたりします。

表層性のとらわれは、簡単にできます。例えば,バスケットボールの試合でタイムアウトを取ります。選手に「いいな、お前ミス今日多いから、このあとミスしそうだから絶対ミス するなよ」「いいな、ミスだけはするな。ミスだけはするなよ。ミスだけはするなよ。いいな、ミスだけはするなよ。もう一回言う、お前今日ミス多いから、ミスしそうなので、ミスするなよ」。もうこれだけでとらわれが起こって、次のミスの確率は格段に上がって、そしてミスを起こして怒られたりして、ガッカリしたり、揺らぎが生じて、またそのとらわれが生じます。

浅田真央ちゃんが子どもの頃は3回転とか3回転半ジャンプをガンガン飛んでいました。もちろん、そのスキルがあったからできたんでしょうけれどもとらわれがなかった。

ところが、年とともに経験していくと、飛べないことがある。飛べないとガッカリしたりする。マスコミからイヤな思いをさせられる。大会という本番は、練習とは違う。大会という本番ほど、うまくいかない確率が高い。などなどなどの意味づけをしながら、3回転半ジャンプに彼女なりのとらわれが増すわけですね。

そうすると、そのとらわれに支配されて、人間の機能は落ちるので、パフォーマンスが出なくなって、また3回転ジャンプを失敗するようになる。「子どもの頃にできたのに、なんでできないんだろう」と、また意味づけをしながら、 とらわれの雪だるまが起こって、意味づけの雪だるまが起こってとらわれが生じる。そんな感じを「ノンフロー」「とらわれている感じ」というふうに呼びます。

 

■             とらわれると、成果は出にくい

ゴルフに行くと、キャディーさんが「このフェアウェーは狭いですよ。右の池にだけは入れてはいけませんよ」というのも、まさに表層性のとらわれを簡単につくります。あとは「今日の何座の方は運が悪いですよ」とかも、もうすぐ表層性のとらわれがそこで始まります。そして、何かが起こってちょっと電車が間に合わなかったら、「ああ、やっぱり俺、今日ついてないな」といってとらわれを強化していくことが起こります。そんなものは割と早く解放できるかもしれません。

 

「揺らがず・とらわれず」というフローをつくるライフスキルを磨いていくと、この固い固い、しかもあまりよくないもので埋め尽くされているセルフコンセプトが、だんだん軟らかくなるというのがいいです。柔らかくなって柔軟になってくる感じがするでしょう。

人間は、放っておけばとらわれていくわけですから、とらわれない人間になるなんていうのは、「人間やめますか」という話なので、そこが少しでも柔軟になっていけばいいと思います。

年とともに経験を積みますから、人は年とともにとらわれがあって、同じようなことを同じようにしようとして、そこに居心地のよさを設けて、「変わりたい」とか「イノベーション」とかいっても、結局はとらわれているので変われないことが起こるわけですね。

 

■             フローになると自信が生まれる

ライフスキルを磨いていくと、その時その時に起こる揺らぎが減ってきますし、根深く起こっているこのとらわれというのが、だんだんだんだん柔らかくなって、とらわれにくい自分がやってくるようになります。それがライフス キルの大きな「ご褒美」かもしれません。私は、それが元気につながっていると思っています。

「揺らがず・とらわれず」フローでいると、余裕が生まれる。俺にとっては「これこそがフローの価値だ」と言っている人もいますし、「揺らがず・とらわれず」でいると、何か自信を持って生きられる。こういうふうなことをフローの価値だと思っている人もいます。具体的に「業績が上がる」というふうに、フローの価値にしている人もいますが、すべては人間は心でできているので、フロー化が起こればあなたの機能が上がることを念頭に置いてください。しかし、人は放っておけば揺らいでとらわれるような構造があるということも認めたうえで、このライフスキル、実は古かったけど、もっとも新しい最新の脳かもしれませんし、古い脳を改めて使わなくなっていたものを、もう一回使えるようにしていきましょうという発想かもしれません。

とらえ方はいろいろあると思いますが、とにかくライフスキルを磨いて、「揺らがず・とらわれず」であってほしいと思います。

 

放っておけば人は、日本にいれば日本語しかしゃべれない。そのほうが居心地がいいからですが、あえて新しい語学を学んで、その新しい語学ができたらバイリンガルのようにもっと違う世界が見えてくる。私はその新しい語学の先生というふうに思って、新しい語学を身につけるつもりで、「揺らがず・とらわれず」なフローライフを体験して、手に入れてください。

 

自分のライフスキルを磨いていくエネルギーの源泉となる「あり方の『たい』を考える」

あなたは、どんなあり方でいたいでしょうか。「いつでもどこでも」です。これは結果の「たい」と違うので手離すことはないのですが、ほとんどの人は自分のあり方の「たい」など考えたこともないので、みんな平気で手離します。私は「元気でありたい」というのを言いましたが、外で雨が降ろうが、円高になろうが、何があろうが、僕は「元気でありたい」ということを手離さずに私は生きていますし、生きたいと思っています。

そんなあなたの、何が起ころうが邪魔しないあり方の「たい」を、大げさなものでなくてもいいので、「楽しくありたいな」でもいいし、「やさしくありたいな」でもいいし、「穏やかでありたいな」でもいいし、「輝いていたいな」でもいい。皆さんのあり方の「たい」、皆さん自身が考える、皆さんにとって魅力的な、手離さなくても済むあり方の「たい」を考えていただきたいです。

私がメンタルトレーニングをしたり、ワークショップをしている人は、このあり方の「たい」を常に問い続けられ ます。これがエネルギーの源泉だからですね。なぜなら、人は今は揺らいでとらわれても、生きることだけはできてしまうから。つまり、生命の担保はあるので、そのうえに「どうありたいか」ということを大事にする時代に、このライフスキルは必要だと思います。なので、あり方の「たい」を、ぜひ考えてください。

 


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